生命
変な話、ここ最近、「毎日が楽しい」という感覚があるというのが、本当に久しぶりのことのように感じる。
嫌いなことを嫌いだと表明することに何の罪悪感もない。
好きなものを好きだと主張することに何の躊躇いもない。
分からないことを分からないと伝えることに何の遠慮もない。
葛藤はある。
思い悩む日もある。
それでも、「大丈夫」だと思える。何をもって大丈夫なのかは分からないけど、とにかく大丈夫だと、根拠のある自信がある。
100%はない。100点もない。
だから生かされているのだ。
10月
目まぐるしく時が過ぎていく。
読みかけのまま本棚に仕舞われている哲学書。
殆どオブジェと化したジャズベース。
飲み切れないコーヒーのドリップバッグ。
一目惚れだったはずの日の目を見ないワンピース。
気は進まないが目を通さなければいけない書類の束。
これらが動き出す日はいつになるのだろうかと、他人事のように考える。
何もしなくてもしても時が流れるのは残酷で、救いでもある。
いつからか頑張ることをやめた。
諦めや悟りではない。反抗である。
他人から評価を得るために、見返りのために頑張らない。
自分が納得するために、大切な人との時間のために、たまに動く。かなり休む。
が、ここ最近は、少し欲が出てきたので、通常よりも2、3段階くらい、頑張ってみようと思う。
名前
子どもの頃、家の庭で見つけた小さな虫に名前をつけた。これは自分だけしか知らない虫だと、大切に大切に育て見守った。
ある時、家にあった昆虫図鑑を何気なく見ていると、その虫そっくりの虫が、そこにいた。
「 」
私はその虫の名を、図鑑に載っている物ではない、自分だけがつけた名を小さく呟き、図鑑を閉じた。私は放心状態で、「 」が入っている虫かごを持ち、庭へ出た。そして蓋を開き、虫かごを逆さまにした。拾い集めた葉っぱや枝、「 」の糞が勢いよく落ちた。「 」は何事もなかったかのように、芝生の上を進んでいく。その後私が「 」の名を呼ぶことは二度と無かった。
呼ばなかったというよりは呼べなかった。「 」に当てはまる言葉を忘れてしまったのだ。図鑑に載っていた名は覚えているのに。
自分が見つけたもの、経験したことに、既に名前があることを知って落胆する。大人になるにつれそういうことが増えるが、段々と名前がないものなんてないことを知り、ついには落胆すらしなくなる。さらに大人になると、残酷なことに、名前をつけようとする。なんとも息苦しくて、効率がいい。
今私は勤め先近くの喫茶店でココアを飲んでいるけど、もしココアという名前がなかったら、注文する際、「茶色い、牛乳の入った、甘い飲み物をください」と言うことになり、とてもまわりくどい。「ココア」という名前があることによってスムーズに、的確にコミュニケーションがとれるのだ。
しかし、名前は呪いだ。
別の店でココアを頼んだら、茶色ではなく、真っ白だったとする。これはココアじゃないと、拒絶する人がいるかもしれない。ココアという名を授けられたことの代償が、これだ。
たぶん、「 」は図鑑に載った名前を見られたことによって、彼女の中にある「 」の定義からはずれてしまった。さらに、幼かった彼女は、図鑑に載った名前を"正しい名前"だと思い込んでしまい、「 」を側に置いておくことに対する後ろめたさ、恥ずかしさに耐えられなくなった。
「 」はココアみたいな色をしていた。
キリンの絵
幼稚園の記憶で、今でも鮮明に覚えている出来事があります。
好きな動物の絵を描きましょう、という活動の時間で、当時キリンにハマっていた私は、迷わず「キリンを描こう」と思いました。しかし周りを見ると、牛かライオンの絵を描いている子たちばかり。何故その二択なのかも気になるところですが(牛を選んだ子が多かったのは、恐らく私たちの年が丑年だから)、当時の私は自分一人だけキリンを描く勇気は持ち合わせておらず、とはいえ、みんなに合わせて牛かライオンを描く協調性もありませんでした。
みんなが絵を完成に近付けていく中、一人だけ真っ白な画用紙のままで、どうしよう、と焦りながらも何も描くことができない。パニックに陥った私は、とうとう泣き出してしまいました。
それに気付いた先生が駆け寄ってきて、「どうしたの?」と尋ねます。私は涙ながらにキリンが描きたい、と先生に伝えました。先生は優しく「じゃあキリンを描いてみよう」と言ってくれて、無事、私はキリンの絵を描くことができました。
あれから20年近く経ち、キリンに何の執着も抱かなくなりましたが、根本的なところはあまり変わっていないなと思います。
目立つのが嫌でみんなに合わせようとするも、上手くいかないところ。だからと言って我が道を行く度胸も無いところ。誰かにサポートしてもらったり、安全を確認したりした上で、恐る恐る一歩を踏み出すところ。
もしかしたら、牛やライオンを描いていた子たちの中にも、犬やウサギや鳥など、違う動物を描きたい子がいたかもしれません。その子たちと比べると、私は”泣く”という行為によって大好きなキリンを描く権利を手に入れた、運の良い子どもだったとも言えます。そして、もしその先生が泣き喚く私を見て「なんで何も描いていないの!」と怒鳴るような人だったら、違う結果になっていたはずです。
あの時、牛とライオンを描くことを最後まで拒絶した自分を誇りに思うし、キリンを描くことを促してくれた先生のような、優しさを持つ人間になりたいなと思います。